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~オグリキャップへの弔辞~

あなたと会わなければ

あなたと会わなければ
こんな苦しみ なかったのに、と思う
あなたと会わなければ
こんなに泣くこともなかったのに とも思う

でも あなたと会わなければ
愛することも なかった
人も 馬も 自分自身も
あなたと会わなければ
私の人生が なかった

あなたと会わなければ
夢見ることも なかった
希望があるところに 
試練があるって
人は言う
たくさんの人の希望だった あなたは
あなた自身 それを知っていた
だから 試練をたくさん背負って
あなたは すべてを戦意に変えて、
輝いて 走って 戦い抜いた

あなたの身体は地上からなくなって、
私の身体がまだ存在していることの意味は 何?
あなたと会って あなたを愛して
あなたたち戦士、サラブレッドを 知って・・・

ねえ オグリ 苦しみのない世界から 
私の戦いを 見ていて 
あなたを愛し続ける 
私の 戦いを見ていて



           最愛のオグリキャップへ
                 安西美穂子
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オグリキャップに捧ぐ② ~オグリキャップの涙~

中島みゆきの「地上の星」を聴いたとき、私は、心の奥底に置き去りにしていたオグリキャップを思い出した。かつての地上の星を忘れ、空ばかり見上げている人、の絵が浮かぶ歌詞・・・。オグリは今、どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうか。
「地上の星」は、さまざまな分野で過去に大きな仕事を成した人たちにスポットライトをあてて、再びその仕事を思い出させるTV番組の主題歌として中島みゆきさんが書き下ろしたもの。
------あのときのオグリキャップは、多くの人たちにとって何かと比べることさえ不可能な強さで求められ、愛され、競馬の壁をつき破って輝いた、まさに地上の星だった。私もオグリキャップに生命そのものの熱を教えてもらい、オグリがターフを去ったあと、熱にうかされたままでサラブレッドを追いかける今の仕事を始めた。たくさんの美しい馬たちに出会い、いちいち心を奪われ、いつしか彼を忘れていった。


いやそうではない。彼を忘れることなどできるわけはない。
何度か北海道の新冠に会いに行った。でも私はあるときから彼に会いに行けなくなった。オグリに来るなと言われたように感じたからである。そして7年という年月が過ぎた。
今年の皐月賞でネオユニヴァースが勝ち、私はある人に会うことになる。ネオユニヴァースの調教助手として表彰台に上がった、かつてオグリキャップの助手だった人、辻本光雄である。オグリと辻本助手だけが共有した戦いの時間・・・彼はオグリキャップと出会い短い時間に多くのものを得て、多くのものを失った。
そして13年間、オグリに会っていなかった。が、辻本助手の心の中は、オグリでいっぱいだった。ネオユニヴァースがダービーで勝っても、二言目にはオグリ・・・。私は彼と話をしているうちに、自分の役目みたいなものに気がついた。私の役目、それはその人辻本助手を、オグリのもとへ連れていくことだった。
ほとんど衝動に近い私のその思いは2003年の夏、北海道で実現することになる。果たして、オグリキャップは彼、辻本助手を待っていた。ブンブン首を振りまわし、周りじゅうに噛みつきにいっていたオグリが辻本助手を前に心を開いた瞬間、彼の白くなった身体はさらに発光した。二人の再会の瞬間、厩舎の白い闇の中で一瞬の探り合いがあって、辻本助手の手がオグリの鼻に触れた瞬間、何の色もなかったオグリの瞳が優しく光った。
私は同じ空間にいて、オグリキャップと辻本助手、双方の命が繋がっている映像が、とてつもなく眩しかった。
人にはいろんなことに気がつくのに、なぜこんなに時間がかかるものなのだろう。行きたいその場所に、なぜ無駄とも思える膨大な時間と苦しみと痛みなしに、たどり着くことができないものなのだろう。帰り際、オグリの馬房の扉が閉められるとき、私はオグリが涙を流すのを見た。真っ白なオグリの顔に、目頭から流れた一筋の黒い細い跡ができた。
「あいつは、あのときのまんま」誰に言うともなく、辻本助手は呟いた。

ogricap.jpg

みんなこれからどのくらいの時間、生きていかなければならないのだろう。大事なものを手に入れても、失いながら生きていかなければならない人生、私は、これまでのオグリに会ってからの自分の仕事と時間がすべて証明されたような、幸せがつき抜けた映像の裏側に、深い闇があることも同時に思い知らされた。
誇り高く熱い魂をもつオグリキャップには、すべてわかっていたのかもしれない。
だから、彼は自分の戦友が自分に会いに来る日を信じて、13年ものあいだ待っていられたのだ。
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オグリキャップに捧ぐ①

子供のころから動物が好きでした。
ノアの方舟のように、将来いろんな種類の動物たちと一緒に暮らしたいと思っていました。よくリスや羊、馬やバンビの絵を書いて、そこに自分がいると思うことで、安らぎを感じていました。シートン動物記は、ときどきかわいそうで読めませんでした。
ちょっと自意識過剰ぎみなところがあって、人間関係は得意とはいえませんでした。
音楽が好きでした。学生時代はロックやポップスなど、バンド活動にすべての時間とバイト料をつぎ込みました。ずいぶんコンテストにも出ましたが、仕事には結びつかず、かなり回り道をしてからコピーライターになり、広告の会社を作りました。でも、大きな企業へのプレゼンテーションは、予めあて馬とわかって参加しなければならないことが多かったりで、仕事では不完全燃焼。そしてそのときは永遠を願う恋も、2年も続けばいい方で・・・何かが足りないといつも感じていました。
白馬に乗った王子様が現れて、自分の人生を変えてくれたりする可能性が薄いことに気がつきはじめたころ、私はやっと周囲に対してではなく、自分の中に何かを求めるようになっていました。そのころはひたする毎日プールに通って泳いでいたのを覚えています。(今も泳ぐのは日課ですが)何千メートル、いえ、何十キロ泳いだでしょうか。


オグリキャップが私の中に飛び込んできたのは、そんなときでした。
1989年のジャパンカップ、私はパドックで彼の姿を見ました。そのときの衝撃、今思えばそれが私の原点です。それこそが新しい自分の道、仕事を作る力の源でした。
まず作ったのは、歌でした。オグリキャップがもう燃えつきたのではないかと言われていた時期でした。音楽に対して諦められない気持ちと自分に力をくれたオグリキャップのために、歌をなんとか世に出して残したいと思いました。もうオグリの引退の時期が決まっていたので引退式でその歌を流して欲しいと必死でした。
有馬記念のラストランでオグリキャップが勝ったときは、中山競馬場にいました。私の背が低いこと、1階のスタンドがギュウギュウに混んでいたこと、そして怖かったのとで、レースを見られませんでした。でも、レースが終わって、オグリが勝って震えながら泣いていたのは私だけではなかったのです。隣の人も前も後ろもみな泣いていました。私にとって、痛いほど幸せな記憶です。
今、私はサラブレッドに会いに行くことを仕事にしています。彼らの生きる場所を書いて、彼らが生きていることを伝えたいのです。
もし私がオグリキャップに会っていなかったら、競馬を知りませんでした。そしてサラブレッドがこの地上で温かく、美しく輝いていることも知ることはなかったと思うのです。



日曜日 競馬場は
夢に酔う 地上の船になる
ビッグレース 近づけば
興奮の 波に揺れる
立ち上がる 観客たち
おまえの名前 とどろく
命燃やし 駆ける姿に
誰もが 胸熱くする
お前が 走るため
生まれてきたのなら
わたしは 何のため
生きてゆくのか
帰らないあの夏を
駆け抜けた オグリキャップ
まばたきする 瞬間に
吹いてくる 風をつかまえよう
奇跡が消えないうちに
その愛を追いかけよう
歓声の嵐やんで
黄昏染まるスタンド
会いに行く約束だけを
抱きしめ 永久に忘れない
おまえが 走るため
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プロフィール

haruurara☆

Author:haruurara☆
エッセイスト  安西美穂子

東京都出身
成蹊大学文学部英文科卒

代表的な著作
 「サイレンススズカ物語
         ―地上で見た夢」
 「ヒシアマゾン 癒しのささやき」
 「愛しのサラブレッド」
 「馬のためにできること」
 「厩舎(おうち)へ帰ろう」
           シリーズ
など

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