中島みゆきの「地上の星」を聴いたとき、私は、心の奥底に置き去りにしていたオグリキャップを思い出した。かつての地上の星を忘れ、空ばかり見上げている人、の絵が浮かぶ歌詞・・・。オグリは今、どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうか。
「地上の星」は、さまざまな分野で過去に大きな仕事を成した人たちにスポットライトをあてて、再びその仕事を思い出させるTV番組の主題歌として中島みゆきさんが書き下ろしたもの。
------あのときのオグリキャップは、多くの人たちにとって何かと比べることさえ不可能な強さで求められ、愛され、競馬の壁をつき破って輝いた、まさに地上の星だった。私もオグリキャップに生命そのものの熱を教えてもらい、オグリがターフを去ったあと、熱にうかされたままでサラブレッドを追いかける今の仕事を始めた。たくさんの美しい馬たちに出会い、いちいち心を奪われ、いつしか彼を忘れていった。
いやそうではない。彼を忘れることなどできるわけはない。
何度か北海道の新冠に会いに行った。でも私はあるときから彼に会いに行けなくなった。オグリに来るなと言われたように感じたからである。そして7年という年月が過ぎた。
今年の皐月賞でネオユニヴァースが勝ち、私はある人に会うことになる。ネオユニヴァースの調教助手として表彰台に上がった、かつてオグリキャップの助手だった人、辻本光雄である。オグリと辻本助手だけが共有した戦いの時間・・・彼はオグリキャップと出会い短い時間に多くのものを得て、多くのものを失った。
そして13年間、オグリに会っていなかった。が、辻本助手の心の中は、オグリでいっぱいだった。ネオユニヴァースがダービーで勝っても、二言目にはオグリ・・・。私は彼と話をしているうちに、自分の役目みたいなものに気がついた。私の役目、それはその人辻本助手を、オグリのもとへ連れていくことだった。
ほとんど衝動に近い私のその思いは2003年の夏、北海道で実現することになる。果たして、オグリキャップは彼、辻本助手を待っていた。ブンブン首を振りまわし、周りじゅうに噛みつきにいっていたオグリが辻本助手を前に心を開いた瞬間、彼の白くなった身体はさらに発光した。二人の再会の瞬間、厩舎の白い闇の中で一瞬の探り合いがあって、辻本助手の手がオグリの鼻に触れた瞬間、何の色もなかったオグリの瞳が優しく光った。
私は同じ空間にいて、オグリキャップと辻本助手、双方の命が繋がっている映像が、とてつもなく眩しかった。
人にはいろんなことに気がつくのに、なぜこんなに時間がかかるものなのだろう。行きたいその場所に、なぜ無駄とも思える膨大な時間と苦しみと痛みなしに、たどり着くことができないものなのだろう。帰り際、オグリの馬房の扉が閉められるとき、私はオグリが涙を流すのを見た。真っ白なオグリの顔に、目頭から流れた一筋の黒い細い跡ができた。
「あいつは、あのときのまんま」誰に言うともなく、辻本助手は呟いた。

みんなこれからどのくらいの時間、生きていかなければならないのだろう。大事なものを手に入れても、失いながら生きていかなければならない人生、私は、これまでのオグリに会ってからの自分の仕事と時間がすべて証明されたような、幸せがつき抜けた映像の裏側に、深い闇があることも同時に思い知らされた。
誇り高く熱い魂をもつオグリキャップには、すべてわかっていたのかもしれない。
だから、彼は自分の戦友が自分に会いに来る日を信じて、13年ものあいだ待っていられたのだ。
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